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zoom RSS あの東日本大震災から1年…散れど再び桜咲く

<<   作成日時 : 2012/03/04 18:24   >>

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もうじき3.11震災から1年…胡散臭い報道や復興便乗にウンザリで触れませんでしたが、そろそろ少し。

津波到達点に桜の木を…今年最初の植樹
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp0-20120212-902572.html

日台友好をめざす植樹プロジェクトを観光素材に−台湾観光協会も協力
http://www.travelvision.jp/news/detail.php?id=52480

桜前線クルー!! 日本は激寒だけど台湾ではもう桜が咲いてるよ
http://rocketnews24.com/2012/02/29/187932/

■動画:日本人が台湾にお礼の広告を出した訳 【チャンネル桜 H23/4/22】

謝謝台湾計画 - xiexie_Taiwan

台湾に義援金のお礼広告を出した日本国民 / しかし菅総理が広告を出したかのような記事が掲載される
台湾からの義援金が200億円に達しても頑なに報道しない日本のマスゴミ


■動画:日本311大震災一周年 元氣篇




台湾の「花咲爺さん」

台湾の内陸部に位置する南投県埔里の町。
この埔里から霧社まで、約二十数キロの山道に、今も桜の木を植え続けている方がおられます。
今年、八十三歳をむかえた王海清さんです。
お訪ねしたのは、一月末でしたが、沿道には王さんが植えられた、うす紅の山桜の花が満開でした。

高雄に花咲く同期の桜

王海清さんは、日本の統治時代に国民学校で六年間、日本の教育を受けました。
そのとき、いちばん心に残ったのが、国語の教科書に載っていた「サイタ サイタ サクラガサイタ」でした。
子供心にも、まだ見た事もない桜へのあこがれが、このころに芽生えたといいます。 
そして昭和十七年、王さんは志願兵として、高雄の海軍陸戦隊に入隊。
「徴兵じゃないよ、志願兵だよ」と、王さんは何度もほこらしげに話されます。
そして、そのときに歌った『同期の桜』を、歌ってくださいました。

”貴様と俺とは同期の桜 同じ高雄の庭に咲く 咲いた花なら散るのは覚悟 見事散りましょ 国の為”

「これ、日本時代の兵隊の歌。 パッと咲いてパッと散る。 サッと散るのは、お国の為に死にましょうという心。 歌って、思って、考えてみたよ。 これが桜にこめた日本人の心だよ」

黙って、ひとりで始める事
沖縄での激戦に参戦するために、高雄で待機していた王さんの部隊でしたが、
輸送船がつぎつぎと撃沈されたために、そのまま終戦を迎えました。
戦後まもなく、王さんが移り住んだのが霧社でした。 そこには、日本人が植えた桜が、
数百本も残っていたのです。 それが、王さんが生まれてはじめて目にした桜でした。
「桜を見た、うれしかった。ああ、これが桜だ、と思った」

ところが、その桜が、道路拡張工事のために、一本残らず切り倒されたのです。
王さんはそれが残念でたまらず、村の役場や有力者の人々を集めて、桜を植える相談をしました。
だれが何本、だれが何本と、桜再生の相談はまとまりましたが、いつまでたっても、だれひとりとして、桜を植えようとはしません。 そこで王さんはひとり、だれにも告げず、日本人が植えた桜の種から育てた苗を、霧社から埔里への沿道に植えはじめました。 その数はなんと、一年間で三千二百本。

これが日本精神だよ

やがて大きく育ち、白や紅の花を咲かせる美しい桜。
その桜の美しさに惹かれて、根こそぎ桜の木を持ってゆく人が、跡をたたなくなりました。
抜かれては植え、抜かれては植え、この二十年間で、王さんが補足した桜は千八百本にもなります。
あるときは、桜の木を盗んでいるのを見た人が、そのあとを尾行して王さんに
「盗んだ人の家をつきとめたから、警察に突き出しなさい」と言いました。
でも王さんは、その人をとがめようともしません。
「いいんだよ、その人が取って帰って植えても、人が見て、きれいだなと思ってくれたらいいよ。
個人じゃない、みんなが見てくれたらいいんだよ」
道ゆく人が、桜を植える王さんを見て声をかけます。
「いくらで雇われてるんだね?」 村から雇われて桜を植えていると思うからです。
「月に二万元だよ」 
自分でお金を出して桜を植えていることなど、誰も信じてくれないので、そう言い続けてきたのです。
黙って植えて、桜が咲く。それが私の成功

あるとき、自動車事故で、王さんの植えた桜の木があったために、命が助かった人がありました。
その事故がきっかけとなって、王さんが二十年間、無償で桜を植え続けた事が、初めて分かったのです。
そして、台湾では個人としては始めて、台湾交通部(日本の国土交通省に当たる)から、
最高の栄誉である「金路賞」を受賞したのです。

インタビューにうかがった翌朝、王さんはいつものように五時に起きて、霧社から歩き始めます。
脳梗塞で動かなくなった右手にかわって、左手に剪定鋏をさげて……。
「王さんは、死ぬまで桜を植え続けるんですか?」
「桜を植えると決めたら、植え続ける。これが日本精神だよ」
その一言が、台湾の心地よい風と、桜の彩りともに、今もわたしの心の奥にひびいています。
コピペ:2007/05/01(火) 12:09:44 ID:tJW3MGul



■動画:国旗の重み 国花編〜台湾の花咲かじいさん〜

トオサンの桜 散りゆく台湾の中の日本 - 日本語教育を受けたトオサン(多桑)世代にとって、日本とは?

■動画:【東日本大震災】テレビでは放送しない海外からの支援まとめ【愛増版】

ウン千億円の震災義援金は行方や如何に? 用法用量を守って正しく…

■動画:映画『津波そして桜』予告編

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